11 「夜峰の話・楢山の話」
阿蘇の五岳は東の方から、根子岳、高岳、中岳、往生・杵島岳、烏帽子岳と連なっています。そして、往生・杵島の北側のすそ野には米塚や檜山があり、また西のはずれに夜峰という円すい状の山があります。
それらの山々には、健磐龍命ゆかりのお話が伝わっているのです。まず夜峰のことからお話しましょう。健磐龍命のお妃・阿蘇都媛がお産をされる時のことです。媛のお願いで命は一夜のうちにこの山を築かれたといいます。身重のお姿を人に見られるのをきらわれ、山のかげに産所を設け、身をかくされたのです。夜峰というのは一夜のうちに作った峰という意味になります。この夜峰がこわれないように、とめ釘をお打ちになりました。 後に、人々はその地を「久木野」と呼ぶようになったといいます。 久木野は夜峰の南東の方角にあたります。
また、杵島岳すそ野の一部に檜山というところがあり、次のような言い伝えがあります。
ある日のこと、宮人経茂という人が檜山に登ったときの事、杵島岳の中腹あたりにそびえ立っている岩かべの上に、目を見張るような美しい月毛の馬が現れ、岩から岩に飛び移りながら駆け回るのを目のあたりにした。馬はやがて、その美しい姿を雲の中にかくしてしまった。その後、檜山の近所にたびたび姿を見せ、山里や田畑の回りに遊ぶのを見かけた。このことから、あれは神の使いの馬、神馬だと人々はいうようになった。と、あります。神馬とすれば、往生・杵島をわが庭と、弓や馬のけいこに駆け巡ったといわれる健磐龍命、阿蘇大明神のことが浮かんできます。一説によると大明神は鶴に乗って空翔けておられたと言い、この神馬の話に重なって来るようです。
注 神馬は、しんば・またはじんめ・かみうまなどとも呼ばれます。